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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

指導医と言う立場

研修医が世に毎年沢山出て行く背景には、それを支えている指導医の存在が大きい。
かくいう私も、そうやって指導医をやってきた輩であるが、
これほど不安定な中間管理職もないのではと常々思う。

朝早くから研修医の先回りをして回診し、
つたないプレゼンを慈悲深い心で聞き流し、
患者に無益な検査や治療が施されないように研修医をさとしながら、
外来と検査と病院を走り回る日々。
休みは週1回あるかないか、指導という名目で当直も増えている。

指導医の報酬というようなものは存在しない。
給料に反映されているということはなく、ふつうに働いているほかの医者と
同等で、精神的ストレスと言うことでいえば、
明らかにくたくたでもみくちゃで、休まらない日々を過ごしている。
そうかといって、教育したから評価される訳でもなく、
日々やり過ごして、1年が矢のようにすぎるのを後で振り返ることになる。

厚生労働省は、沢山研修医がきて、うれしいでしょう、活気が出るでしょう、
だから、頑張って指導してください、という程度のことをいい、
あとは病院でいろいろ考えてね、ぐらいのことにいうにとどめている。
お役所的だ。
一部のがんばり屋だけが、なんだか疲労している風景。

日本にある、医者が聖職者的なイメージ、仕事として認められていない感覚。
もっと労働者であるということを私たち自身もいうべきなのか。

あー、こうなると指導医やりたくない、って人も沢山出そうだな。
指導医の大部分は達成感とか大義名分でもっているところがある。
労働問題に昇華して行かないとねえ。