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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

世間に流されていてはだめ

BRUTUSの特集、真似のできない仕事術を読む。考えてはいるけれど実行できない仕事上のノウハウがたくさん。この仕事をしていて気がつくのは、働く人の不機嫌さが放置されているところ。ニコニコ笑って患者さんを迎える、なんて簡単なことができない。医療福祉は3K職場でみながやりたくないことをやっていると思っているのか、それとも精神構造の幼稚さか。医師の作られ方がエセエリート集団であるからか。例えば、大学病院につとめる医者が外勤の病院に行って、勝手が分からないからといってそこの職員を怒鳴り散らす、ここはこうした方がいいとか上目線で物をいう、そんなことは普通の会社ではあり得ない。医者が個人事業主だと勘違いしている、ホワイトカラーだと意識しすぎている、いってみればナマイキ盛り。そこにはなんのこだわりもなく、ただ日常の仕事に追われ、脊髄以下の仕事だけし、向上する気のない、エリート崩れの人間がいるだけである。
果たして私は何をしようか。これができない、あれもだめ、既存権力の温床のような医療界、そのなかで動く、はたらく。どんなつらい仕事にだってクリエイティブさは追求できると思いたい私。というか、クリエイティブという言葉が陳腐なのか、もっと楽しくとかもっと使いやすく、こだわって仕事をするということ。

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  • 社会学

コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)

コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)

仕事として考えたときの医師というポジションは非常に楽しいものである。人の幸せを願って働き、役立つことができる。これ以上のものはない。しかし、楽しく働けているかというと、とてもそんなものではない、つらい、休めない、人に任せられない、足りない。。病院が現代のコミュニティの一角を担っているとすれば、地域の人が集まる場所としての役割を果たすにはどうしたらいいかを真剣にしかも近いうちに実現すべきである。道でぶつかっても誤りもしない人、自分の知っている人以外には席を譲ることさえしない都市の生活者たち、そんな世界で楽しいはずはない。ネット上でうごめく日本の悪もきっとそういうものの一部である。仕事として自分がなにができるかを考えてみたい。
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