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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

かかりつけているということは何か

昨日初めて開催しましたあらかわカフェ!咽頭痛と寒気がありながらもつつーっと自転車で向かった先は尾久のBLD。やっぱりこのへんではありえないほどのおしゃれカフェです。社長がデザインした店内とスタッフの明るさ、おいしいパンと三拍子揃った会場で開催できました。
が、集まったのは4人。最初だしまあいいか〜と思いながら行ったのに、お茶を選んだりピザをごちそうになっているうちに、ああこうやってダベっているのが一番いいなあと思い始めてしまったわけ。少ないほうがやっぱりいいのかも。次回はもうすこし増えて欲しいけどね。
テーマは「かかりつけのお医者さんがありますか」、一番身近なテーマにしたつもりですがこれが実は広がりがあるテーマだと判明。これで合宿すら出来るジャーンとかいってましたが、本当にやるか。医師会もびっくりなことになるかもと妄想したりして。
私からまず発表。そもそも子どもの時から医者なんていったことがない私は、富山の置きぐすりを持ってくるおじさんが医者がわり。医者になってからもとくに健康なので必要性なし。でも体について相談できる人って実はいないなと思う。
Juriさんは転勤するごとにかかりつけをさがすのが仕事になっているらしく、みつけるのがあたりまえのよう。でも医者がいなくなったら困るので、その医院にいけば誰かしら知っている人がいるというのがかかりつけということらしい。
アシノさんは昔からかかりつけをたくさん持っている。だから医院のよさをじーっと観察して見つけるのがうまいし、だめなところがすぐわかる。美容院と同じで変えるのは大変なのよ〜と。
Sくんは自分が医者なのでよほどのことがないとかからない。昔の経験から説明がよくわかった先生のところにまた行きたくなると。しょっちゅう行かなくても関係性ができていればいいのでは。
まとめとして、かかりつけとして認識するにはどうしたらいいかという話になりました。それは医者側から認識されるということと、患者がかかりつけを選ぶという両側面があって、両思いにならないといけないというところに行き着きました。それを決めるのはなんなのか。近いから?フィーリングが合うから?はっきりしたものはわかりませんでした。今後考えていきたいテーマになりそうな予感を持ちつつ、エンディングとなりました。
家庭医としてはかかりつけになってほしいと思っているけれど、患者様がどうやって医者を選ぶかはあまり基準がない。そのへんがわかってくると面白いなあと思うわけです。またやります。