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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

保健師のような家庭医

地域診断を病院の医療者でかつ一般の方を交えて行うというイベントを日曜日に行いました。一般のかたといっても、私が混ぜてもらっている区のコミュニティ・カレッジの面々なので、まちあるきやコミュニティのプロたち、街はこうやって楽しむんだというのを教えてくれて、うちの職員もかなりの刺激を受けていたと思います。とっても成功でした。

そこで考えたこと。

コミュニティ・アズ・パートナーという地域看護診断の教科書をもとに今回の企画を立てたわけですが(もちろん浮間などでは10年前から家庭医とともに看護師も読んでいたはずだからすでに10年遅れ)、

これって保健師がどういうふうに地域と関わっていくかを書いた本であって、医療だけ考えているだけではだめで、公衆衛生や都市計画や政治や家族について深く知る必要があるということだと今更に気づいたというのがいまです。

あれ、これはいまの家庭医として私がやろうとしていることとほとんど同じ、もしかして私は保健師になろうとしているのだろうか。

家庭医が保健師と近いと言われると聞いたことがあったけれど、こうやってクロスしているのだなあと再発見しました。

日本で家庭医を増やそうとしているけれど、保健師はどうなっているのか、活躍の場はうまく確保されているのかが気になってきます。知り合いの保健師はそうそうらしく振舞えているようには見えないのだけれど。。

で。

ジェネラリストの会には参加できなかったので、中身はよくわからずTwitterを眺めていただけでは大した事も言えないけれども、言いたいことはいくらでもあるし、やりたいこともたくさんある。

けれど、もしかして、ジェネラリストって格好いい、と内輪で思わせることには成功したといえるのではないか。学生や研修医がジェネラリストっていうのがどうも頭のよさそうな人たちが医療を変えるためにあーだこーだいって頑張っているというイメージで入ってきてもらえるというのは、質向上には大事なことでしょう。

どなたかの発言にもあったけれど、外向きの効果というのがもっとも考えなければならないことだと思います。外国にいって家庭医の資格をとってきた先生はこれまでにも知っている先生だけでなく、え、あの先生もというほどたくさんいたのですね。しかし、それが日本でエポックメイキングな歴史を刻んできたかというと、そうでもない。中小病院には地元の普通公立医科大学を出て内科だけ研修して基礎研究で外国に行って論文を書いた臓器専門科のジェネラリストがわんさかいるわけだし。次はそういうひとたちにジェネラリストを語らせることができたらきっとすごいな。

なんとなくキャズムに近づいている足音が聞こえてきた、のでしょうか。