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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

8月の振り返り

7月に早めの夏休みを取ったあと、学生の実習が続き、お盆休み。ここらで一回振り返っておこうかと思う。

 

この振り返り、どうやら世間ではあまり一般的ではないようだ。自己開示を含む語りができるというのは特殊技能である。例えば、Facebookで自分の考えを上手く不特定多数に書ける人はほとんどいない。プライバシーに配慮するとかネガティヴに書きすぎないとか細かな見えないネットのしばりがあって、まず鉄の心の持ち主でないと難しい。多くの友人にとってはFacebookなんて見たくもないしがらみだけのものになってしまった。流れてくるのは政治利用と宣伝だけ。人間関係がそこにもできている。

 

では、同僚と振り返りができるかといえば、そんな時間は取れない。研修医ならいざ知らず、おじさんになったらそんな甘えは許されない。医者どうし大変ですねーなんてこともそうそうない。だから飲みに行くなら別業種の友人になる。そのほうが気楽だからだ。

 

ブログに振り返るというのもなんだかと思うけれど、不特定多数に向けたガラスの小瓶であるから反応は期待せず、ああ少しは期待しつつ、掃き出し掃き出しするわけで一部の変な人だけができる芸当である。普通はシェアして代弁してもらうだけなんだろう。あまり書きすぎるとシニカルだと批判される。ツイッターもそんなものだ。

 

私はといえば、とりあえず日々の診療をこなしている。こうあるべきだという理想を思いながら、暑いなーとかダルいなーとか。臨床はやれても、研究と教育は難しくて、でもそういう三権分立みたいなことでいいのかなと思うこともある。全部やらなきゃいけないとか誰が決めた、臨床と教育だけでもりっぱなもんだと1人語りする。なんか私はこんな成果を上げつつありますとかそういう人ばかりで嫌気がさすし、同じような考え方の人たちばかりの業界って先行き暗いんじゃないかとか。誰かのイエスマンばかりで創造性にかけてやしないか。

 

学生たちと話すと総合診療医は全くイメージされていないことがわかる。何ができるかというパラダイムで理解しようとしている。内科とどう違うか、将来役に立つか、自分のライフは充実するか…

そう思って総合診療医になる人は少ないんじゃないかなあー。

 

ではー。