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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

診療所で研究を行う

診療所勤務で臨床ばかりやっていると研究なんかできないと言われる。

一日中患者さんと向き合っているばかりでゆっくり研究手法について学んだりできないせいかもしれないと思い、一応そういう一般臨床医向けのプログラムに参加しているがまだ芽が出ない。正直ややあきらめぎみだったりする。小学校の時ももう少し早く習い事をやっておけばよかったと後悔するタイプだった。

もう40を過ぎて何かを成し遂げるには遅すぎるのかもしれない。ただの町医者ではだめなのかと思いながら、毎日evidenceを求めることと臨床の勘どころでなんとか食いつなぐ日々。これではだめな気もしている。

最近、大学関連でもリサーチのネットワークを組んで、在宅関係の研究を行おうという動きがある。在宅での研究の利点はなんといっても先行研究がほとんどないことだろう。なにをやっても初めてだったらなんでもできる気がする。けれども、在宅医というものの定義があいまいな日本の現状ではどうやってベースを揃えるかということが常に頭をもたげる。

そもそも、地域包括ケアとかいって、医師から介護系のケアマネに働きかけるしくみはまったくない。居宅療養管理指導というものがあるにはあるが、介護保険のケアプランの給付には含まれておらず、医師が勝手にやっているだけでやらない場合はやらなくていい。だから、医者からなにも情報が送られないことも多い。もちろん、ケアマネだって忙しいから、なかなか医者に情報を持ってこない。入退院があったとしても連絡が行くのはケアマネであって在宅主治医ではないのだ。そこに点数がつかないのは医師側の事情なのだろうか。そこなしに地域連携の会をもっとやってください出てくださいというのもなんだかいろんなことに嫌気が差してくる。地域包括ケアについての興味もそのあたりで止まった。

ところで、今の地域はだいたい1500名ぐらいの集落で、全員が診療所来ないとしても、周囲のもう少し人口の多い地域からの流入もあるから、家庭医が対象として可能な2000名ぐらいの場所である。なかなか理想的な場所ではないか。JPCATのような患者の質評価を取ってみようかと思ったが、殆どの人はここの診療所に古くからかかっていて、良いも悪いもだいたいわかっている感じだ。だめなら少し先の病院に行くし、文句があれば言うだろう。そういう調査は意味がなさそうな気がした。

というふうにうだうだ考えるわけだが、問題の研究テーマが決まらない。医師患者関係なのか、マネジメントなのか、それとも生物医学的な統計手法を用いたデータ処理なのか。一時は質的研究しかない!とか言っていたが、何かに役立つかと考えるとはたと立ち止まることになる。我思う故に我あり、考えるということだけはしているからまあいいか。

というようにすすまないのでした。

では。