まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

家庭医開業医の研究

医者たるもの博士号がなければだめだ

というのは一般の人でもよく言うところですが、卒業後すぐから市中病院で臨床をしていた私はそんなものには全く興味がありませんでした。

そんなことより、総合的な力を身につけて早く一人前の医者になるというのが私の考えで、周りにもそれを後押しする雰囲気がありました。

今から20年前は研究といっても大学でする試験管実験が主流で、臨床研究は日本でほとんど日の目を見ない時代でした。総合診療でも大学院は国内にほとんどなく、内科系として生きる他なかったと思います。それか海外で一旗上げてくる少しハイレベルな形で、公衆衛生大学院に行かれた先生が多くいらっしゃいました、

私のような日々のほほんと生きている人にとってはそんなの別にいいやーっと、また一つの障壁である専門医取得とともに無視してかかっていました。しかし、自分の周りでは少しずつ研究の芽が育ち始め、自主的に研究手法を勉強する人たちが出てきました。

その頃2000年代後半にも何とか研究らしきものをして論文にしたこともありますが、今考えると無茶苦茶な中身で振り返るのも辛い内容だったりします。セミナーなどで学ぶ機会があってもどうにも身にならなかったのは自分のせいでした。論文提出でrejectされた時のトラウマがしばらく残り次第に遠ざかっていきました。

その後一度盛り上がりもありましたが、臨床をしながらの研究はまったく進まずそのままフェードアウト。診療所から開業へのキャリアチェンジを経て、えいやっと大学院に身を置くことにいたしました。つまりは今度こそという気持ちです。家庭医の人たちが研究を行うことが結構当たり前になってきたおかげで乗ることができました。

これまでも何度か書いていますが、

tetsu8kano.hatenablog.com

本当に大学院に行くのは

言うは易く行うは難し

体験者の皆さんは十分わかっていらっしゃったですね。。

医学部を出ただけだと物事の真理をじっくり考えることなどまずありませんし、医学はどうやっても実学なので目の前の問題を片付けるのに追われていましたので。

目標として、週1回の研究日をつくってがんばろうと考えていたのですが、結局、いつのまにかどういうわけか、なんとか月1回となっております。

しかし、自分でやるとなったら、これまでわからなかった研究用語も少しずつ理解しはじめ、結構いい感じじゃないのかと思っています。

やっぱり何度も本を読むとか人に聞くとか大事なんだよなあ。

ということで、なんとか早くに卒業できるようにがんばりたいです。五十の手習と言われてもなんとかものにしたいと思います。

 

では。