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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

セルフヘルプグループという話

generalist +の前夜に開かれたコミュニティ医療研究会に参加。

富山大学社会学部の伊藤さんにセルフヘルプグループについての話を聞いた。

セルフヘルプ・グループの自己物語論―アルコホリズムと死別体験を例に (質的社会研究シリーズ)

アルコホーリクスアノニマスのような患者会がどのように成り立ったか、いまどうなっているか、それらはどんな社会的意義があって、どう医療者が関われるのか

 

患者会というものはよく耳にするのだが、よくわかっていない。

生協でもコレステロールや糖尿病の患者会などをやっているところもある。

 

昨日聞いたのは、医者が治療を進めるためのブランチにしてしまうとその機能を失うということだった。

 

例えば、支援という言葉が気になる。

患者会なのだから、セルフには違いないのに、あえてセルフと銘打つのはなぜか。

どう関わっていくか、という言い方も「患者」に対するときの医療者の目だ。

 

医療者は援助ということにこだわりすぎている気がする。

一つ、そういったグループを観察する社会学者はどのような役割を担うのだろうと思う。そこにいることの効果は自覚しているのか。これは聞き忘れた。

自分を消してそこにいられるのならそれはすばらしい。

 

疾患に集って集まるのならば、それを専門とする医療者も少し参加して、そこで息を潜めて勉強させてもらうのはどうだろうか。

患者だけで集まるのは自律性という意味はあるかもしれないけれど、なんとなく片手落ちな気がする(まあこれも医者の欺瞞かもしれないが)

 

医者も内科も入れば精神科もいたり、さまざま言うことが違う。そういう輩に場をつぶされたくない。

場をつくれる医療者が増えることが望ましいというのが行き着いた感想である。

 

さて、今日もそんな話。