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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

病院コミュニテイ化

骨太な大学にプライマリ・ケアを広げるとかと同義語なのが病院コミュニティ化である。

私らから見れば、病院はほにゃららの巣窟。医師を頂点とするヒエラルキーがありその脇にソウシチョウを頭とするピラミッドも聳え立つ。かわいい看護師にこんな企画やらないっと持ちかければ、し、師長にきいてみます、と持ち帰られそのまま宿題に。3交代勤務からクリエイティブを引き出すのは非常に困難なのだ。そーなのだ、病院はルーチンワークをこなすだけに行く場所。それでいいのか?と思いつつ、なんとか仕事を終わらせないと午前様になっちまう。

医療者を苦しめているのがじゃんじゃん方々からかかってくる電話対応。大体がこれすなわち緊急で重要。どうしても取らざるをえない。仕事の優先順位などまるで無視して、病院の業務は進んでいく。結局10年ぐらい病棟医をやって気づいたのは、やれるところからやっていくしかないというアタリマエのこと。to do listなんて全く役に立たない、医師の仕事はこなすことが先決なのだ。

コミュニティ化となると話は別。もっと横のつながりを重視すれば何かそこはかとないパワーが生まれるのではないかと期待している。コミュニティってなんだ、結局何がやりたいんだろう、まだよくわかっていないのだ。ただし縦割りを横にするということができるかどうか。多職種協働なんとかというのはまだまだ医者中心でことが進むからどうも好きではない。

たとえば事務が主導して外来の待合をもう一度デザインしなおすとか。ナースだってドクターの指示の出し方にフィードバックしてもいい。ドクターが検食のまずさについて本気で考えてみるとか、そういうことに病院自体も動くことじゃないのか。なんでも医者が決めるっていう文化が医者を苦しめている。

経営、経営って言ったままなにもしないのが、今の病院経営なのだ。ああ、なにかはじめよう、病院をめぐって。