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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

嵐の中で共同体について考える

医者でいったら成功とはなんなのか。教授になるは一昔前、開業して安定した経営か、学会の重鎮に収まるか。
PLANETSチャンネルのノマドか社畜かの議論をみていて、まさにそうと膝を叩いたのである。凡人の医者はどうすべきかということを。地方の医大を出て、大学からこぼれ、町医者としてそこそこの収入と街の信頼を得て、それであなたは幸せなのという話。
この世界でも活躍できるのは旧帝大を出てコネクションを持ったいわゆる100%の能力を持つ人だったりするわけ。医者である時点ですでに北アルプスぐらいにいるはずなのに彼らはさらに上に登っていく。そしてその人たちが動かしているのが今の世界。
例えば、私たちみたいな普通の実力5-60%そこそこの国試ぎりぎりで通ったような医者はどう生きて行ったらいいんだろう。起業やら法律作りはエリートに任せていいのに、半ばエリート気分で影響できると勘違いしてしまう。そうおよびでないんだから静かに匿名プログでも書いていればいいのに。開業も起業もしないで、今いる組織にしがみついて不良医者として、逆に言えばサラリーマン医師でありながら好きなことしましょうみたいな。
で、宇野さんはそういう層の共同体を作ればいいのではと提案する。もう、労働組合なんかくそだ、おっさんばかりの集まりではない新しいユニオンを組もう。これも医者にも当てはまると思う。もちろん医者は労働者と認められてすらいない。
うちの病院には結構普通の人が集まる。割と新興的に後付けで有名になったこともあり、いわゆるUSMLE終わってますとか医療系で会社立ち上げますみたいな人は来ない。くたびれた学士の人かちょっと変わったやつがほとんど。
だから、普通の医者が組んで課外活動的に自己実現するというのがひとつの形かと思う。総合医にもドクターGレベルではない人もたくさんいる。そこらへんを開発したいと思っていたりする。全国の同じぐらいの人たちと。全く医療から離れた活動、例えば音楽、アート、漫画家、起業家なんかもいいだろうけどオタク的に活動する医者もやや気持ち悪いし引く。余暇時間的に限られているし、そもそも医者自体のクオリティにもどうかなりそうだ。専門家によってはどうしてそんな課を選んだのと差別される科もあるようだし。
外側へのアブローチ、しかも誰でもできるもの。しかも自分が楽しくないとだめ。そういうものをソーシャルメディアを利用して作るのがこの五年ぐらいの仕事かもしれません。