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まちづくりと家庭医2

家庭医がコミュニティを育てる日々の記録

「資格」と「場」の論理

会議というものが元々嫌いなのだが、その中でも好きになれない会議がある。

なんでここに慣れないんだろうと考えてみたところ、なんともいえないその雰囲気、だれが何を決めるともわからない妖怪が何人もいるからだと気付いた。

何か意見を行っても、まあそれはそれとして、といって自分のいいように解釈している妖怪。既得権益の固まりのようだ。

しきりに外国に行きたがる現地日本人妻のような妖怪。あなたの足元はどこなんでしょう。

そう思っていたら、いい本を見つけた。

 

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書 105)

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書 105)

 

これは古典らしく110万部も出ている。日本社会がどうしてこのような村社会、「場」と呼ばれるものに左右される社会になってしまったかを社会人類学から書かれている名著。 

他の国が「資格」つまり役割のようなものでネットワークをつながっているのに対して、日本は家や村のような場で閉じた社会を形成している。私達が「地域」と言っているのもそうなんだろうな。電車で知らない子どもに叱ると逆に怒られてしまうとか。

こういう日本に生まれてしまったからと言ったら責任転嫁になるが、私が生まれる前からそういう構造の国だったみたい。

会議でも俺を仲間はずれにしやがって!的な発言が出たりするのは、閉鎖的なことを嫌がっているからなのだろうか。自分も閉鎖的なのに、隣の塀を超えたところに意見したがる、そもそも意見してはいけないと思っているのが日本人なのか。

転職できないのは、その場を離れるのが怖いから、それで失う社会的損失があまりにも大きい日本。思い切ることも大事なのだろうなあ。